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2008年12月

年末の挨拶に代えて

やっと今年の仕事終わりです。
この1年間は後半がいろいろ大変でした。

今年最後の1週間はフルパワーで動き回っていました。
私の大ケガに続いて今度は彼が入院…。
もう何が起こっているのやら考える間もなく、
職場と病院の往復で1週間が終わりました。

大掃除ある程度すませておいて良かった…。

やりはじめたママ先生の気功を朝起きたときと寝る前に毎日やりました。
ストレッチ効果で体が楽になったからです。
コリが取れてよく眠れたし、朝はスッキリ起きることができました。
気功やってなかったらこんなにフルに動けなかったかも知れません。
体の中からパワーが出てきて、仕事終わりの最後の1週間、がんばることができました。

来年はどんな年にしたいか、もうみなさんは考えましたか?

私は来年は体も経済的にも回復の年にしたいと思っています。

この1年で心も癒されて、この歳になってやっと
他の人と同じスタートラインに立てたような気がしています。

これからです。

世の中の悩める人々、老若男女、子供も含めて、
みんなが穏やかに、心癒されることを願ってやみません。
辛いことが起こるのには何かしら意味があるのかもしれませんが、
苦しみ続けることに意味はありません。
人はみんな、癒されて幸せになるべきなのです。

ここに書くことで、周りの人にガンのことを言えないストレスから
開放されました。
本当にありがたかったです。
また、ここに書いた情報が微力ながら
どなたかの力になれたとしたら
そんな幸せなことはありません。

みんながみんなの幸せを願うような世の中になりますように…。

また来年もよろしくお願いいたします。

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気功の練習

気功の練習と言ってもどこかに習いに行ってるわけではなく、
また、例によって本を読んでやってみてるだけなのですが。

気功をやる主な目的は
「フワフワと飛んで行ってしまう私の意識を体にとどめる」ためです。
気功では丹田など、体の下の方に意識を持っていくため、
効果があるのではないかと思ったのと、
型があるので、体に意識を向けるからです。

いろんな本のレビューを読んで購入を決めた本がこれです。

気功革命―癒す力を呼び覚ます Book 気功革命―癒す力を呼び覚ます

著者:盛 鶴延
販売元:コスモスライブラリー
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 万病に克つ!ママ先生の気功治療法 ガンも慢性病・難病も治った 万病に克つ!ママ先生の気功治療法 ガンも慢性病・難病も治った
販売元:セブンアンドワイ
セブンアンドワイで詳細を確認する

「気功革命」のタントウ法を練習してみたのですが、
なかなか毎日続かない。
ママ先生の方の気功は
首を回したり、体の曲げ伸ばしなどを呼吸と共にする、
どちらかと言えばストレッチに近いものです。
しかし、これが気持ちいい!!
呼吸と一緒にやった方が、普通にストレッチするより
全然気持ちいいです。

思うに、タントウ法などのちょっと高度(?)なものは
十分体のコリが取れてからやった方が
より早く習得できる気がします。

風邪気味だったのですが、よくなりました。
ママ先生の気功は体のコリを取るのが主な目的です。
気功をして自分の体に注意を向けてみると
体は1日でこんなに凝るのか、と思いました。

さらに日中も自分の体に注意していると
何か苦手なこととか、嫌なことをもうすぐしなければいけない、
という時間の前になるとすでにストレスを感じて
体が凝り始めることにも気づきました。

私の鼻炎アレルギーも、体のコリを取れば
よくなるんじゃないかと思っています。

今までの経験で
「もしかしたら私のこの症状にはこれが効くんじゃないか」
と思ったことが本当に効くことが多いです。
プラシーボ効果も多少はあるのかもしれませんが、
自分が「この健康法をやってみよう!」と積極的になることで
その方法により効果的に取り組むことができること、
そして、自分の体の感覚はやはり信頼できる、ということです。

誰かに勧められたから、とか、
時には権威あるお医者さんに勧められた方法よりも
自分で「もしかして普段の食べ物が原因なのかも?!」と
“なんとなく感じる”とそれがより根本的な解決になることがある。

いろんなものに飛びついて結局どれも続かないという人は
もっと自分の体の感覚に聞いてみるといいかもしれません。
ポイントは気持ちいいかどうか。

気持ちいいと結構長く、楽に続けられます。
私は足裏マッサージはもう得意技になっています。
最初は本を見ながらでしたが、毎日やるうちに順番と
どこの部位がどの場所に効くかを覚えました。
(そのわりには病気になりましたがw)

しばらくやってみて、また体や意識に変化が出てきたら
いろんな物事がわかってくるんじゃないかと思っています。

このブログでもその変化をリアルタイムで表現できるかと思います。

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タイプ別防衛法 ―― 改めて読み直した“癒しの光”

なぜそんな買い方をしたのか覚えてないのですが、
以前このブログでも紹介したバーバラ・アン・ブレナン著の
「光の手」「癒しの光」という本を
私は変な買い方をしていたのです。

「光の手」「癒しの光」はそれぞれ上・下巻で合計4冊あるのですが、
私は「光の手(上)」「癒しの光(下)」という買い方をしていたのです。
図書館でそれに気づき、「癒しの光(上)」を、最近初めて読みました。

そして自分で持っていた「癒しの光(下)」も改めて読み返しました。
すると、内容もちゃんと覚えていたある箇所が、
改めて自分のケースとして理解できたのです。

非常に興味深い内容ですので少し紹介したいと思います。
(本書には専門用語が使われていますので、私の解釈で
ほんとにごくごく簡単にですが説明したいと思います。)

人と人が出会って関係を持つとき、無意識のうちに自分たちのエネルギー同士で
やりとりが行われ、あるものはポジティブな関係を結び、
あるものはネガティブな関係を結んでいる。

そのネガティブな関係のパターンがある、として
それぞれのパターンと、性格構造が説明されています。
以下にそれぞれの性格構造を簡単に書いてみます。

スキツォイド性格……
    辛いことを感じたくないためにエネルギーレベルで体を去る傾向がある。
    そのため、他人に容易に自分の領域に侵入される。
    必要なことは自分の体にある、個人化された神を知ること。

オーラル性格……
    誰かに世話をしてもらわないと自分ではできない、という思いこみを持っている。
    他人のエネルギーを吸い取ることで満たされようとする。
    (例えばとても小さな声で長く退屈な話を続ける、
     私の代わりにやって欲しい、というメッセージをいろいろな方法で伝える、など)
    必要なことは、どのようにすれば自分で自分を満たせるかということを学ぶこと。

サイコパス性格……
    人生は戦場であり、勝ち続けることによってのみ、自分が正しいと思える。
    人に対して「お前が悪者だ」というエネルギーをぶつけることで
    自分が正しいものになるという防衛方法を取る。
    必要なことは、必ずしも戦う必要はない、ということを知ること。

マゾキスト性格……
    親に過保護に育てられるなどの経験を持ち、
    自分のエッセンスを盗まれ、支配され、恥ずかしい思いをさせられるという
    思いがあり、防衛方法として、自分の奥深くに逃げ込み、
    侵入者を入れないようにする。
    自分から行動することができず、また、するときも他者の許可を求めようとする。
    アドバイスをほしがり、しかしアドバイスを得るとそんなものはいらない、と思う。
    必要なことは、自分が自己の人生を生きる自由を持った個人であることを
    認めること。

リジッド性格……
    自分の外部の世界(生活、仕事、家族、身だしなみ、配偶者などすべて)
    が完璧で、それを整えることにのみ全力を集中する。
    しかし、そこに自分はいないという感じも持っている。
    実際、そこに自分の本当のエッセンスは関与していない。
    自分のエッセンスというものが存在していることも知らない。
    必要なことは、適切であるよりも、本物であること、
    完璧さの下に隠された恐れを癒すこと。

こう書いてみるとなんだか絶望的ですが、
本にはこれらの人に対する癒しをもたらすような接し方、
また、自分がこれらの性格構造から抜け出すにはどうすればいいか、
ということが書かれてあります。

また、ひとりの人がそれぞれの性格構造の1パターンにだけ該当するのではなく、
多くの場合、いろんなパターンのミックスである、と書かれています。
ある人はスキツォイド40%、リジッド20%、マゾキスト10%……といった風に。
また、ある人に対して自分は攻撃的(サイコパス)であるのに、
ある人に対しては完璧に振る舞う(リジッド)という風でもあるかもしれません。

私の場合は思いっきりスキツォイド傾向が強いことに気づきました。
人の思いに影響されやすく、体が弱く、ストレスがかかるとすぐに
まったく関係ないことを考えていることが多い。

そんな自分の弱さが嫌で、直さなければいけない、
とこのブログにも何度も書いてきました。

そして、ふと、職場での人間関係にも気づきました。

ある女性の先輩が以前からとても攻撃的で
(私にだけではなく、あらゆる人に)
しかも攻撃の仕方が、強いエネルギーが上からかぶさってくるように感じていたのです。
本に載っている「サイコパス性格」のエネルギーを上からトゲのように出して
相手を攻撃している絵を見て、“こんな感じだ!”と思いました。
特にトラブルにもなっていないのに
電話でもまるで戦いをしかけるような話の持って行き方をして、
結局トラブルを起こしている、といった具合です。
(自分は間違っていない、いつも勝つんだ、と必死で思うのは
恐れから来ています。)

ちなみにサイコパス(先輩)に対してスキツォイド防衛(私)をすると、
攻撃に対して体からエネルギーを抜けさせて回避する、
すると相手は怒ってますます攻撃してくる、スキツォイドはそら恐ろしいので
ますます体から抜ける、というパターンになります。

試しに、本に書かれている「サイコパスに対する癒しをもたらす接し方」を
先輩で試してみました。
相手のエネルギーの攻撃に対して取り合わない、
自分をグラウンディングさせて、自分のエネルギーを下半身を大きく、
上半身をごく小さく保つ。
相手のコアを感じるようにする…

すると、気のせいか、先輩が少し安心しているような感覚が伝わってきました。
(ここまでの過程で私と先輩は言葉を交わしておらず、目も合わせていません。)
以前は近寄られると居心地が悪かったのですが、
上記のことを心がけてしばらくその状態のまま、耐えてみました。
すると、居心地の悪さが薄らいできました。

本にはこう説明があります。
上記のように対応すると、相手は自分のコアを認めてもらえたと感じ、安心する。
自分の言い分を聞いてもらえたと思う。
こちらが必ずしも相手の意見に同意するわけではないのだが、
それはどちらでもよい、ということです。

例えば家族に対していきなり関係を改善しようとするのは
難しいかもしれないので、
あまり近くない関係(私と職場の先輩のような)で
試しにやってみるといいな、と思いました。
それでエネルギーの感覚をなんとなくつかんでみるのです。

そして、
私がフワフワと意識を天空に放たないで(笑)
自分の体の中にしっかりと維持するには
どうすればいいのでしょうか?

以前から「練習しなきゃ、練習しなきゃ」と思いつつ、
しばらくやっては中断、を繰り返してきた
気功が役立つのではないか、と今思っています。

ブログにも書いたことだし、
気合いを入れて今度はもう少し練習を継続していきたいと思います。
病気の治療のために取り入れている気功が
どういったものか、はまた次回、書いていきたいと思います。

癒しの光―自己ヒーリングへの旅〈上〉 Book 癒しの光―自己ヒーリングへの旅〈上〉

著者:バーバラ・アン ブレナン
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癒しの光―自己ヒーリングへの旅〈下〉 Book 癒しの光―自己ヒーリングへの旅〈下〉

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ヒーリング・セッション―再開第1回目

カウンセリングを受けるときにはコツがいります。
自分でどこまでを話して、どこまでをテーマにするか
ということを(無意識のうちにでも)密かに心で決めてセッションに臨むため、
カウンセリングで得られる回答も違ったものになってきます。

欲しい回答が得られないときは
質問の内容や掘り下げる度合いが違っているということです。
(もしくはカウンセラーが合わないということだと思います。)

私は今回、貴重なお金を使うのだから
一番深いところにあるテーマを話そう、と決めていました。

言葉に出すのがためらわれるときは
すべてを話す必要はない、
心の中でその出来事と向き合うことで
癒しが起こるのだと思います、と
ヒーラーの方には言っていただいてました。

セッションでどんどん深く入っていき、
私が最後にたどり着いたのは恐ろしい真っ暗闇でした。

ヒーラーの方がその暗闇がなんであるか
見るように言いましたが
私は怖くて見れません、と言いました。

“ではその暗闇があなたになんと言っていますか”と
聞いてきました。

私は恐怖を感じながらも暗闇が私に言っている言葉を口にしました。

・・・・・・・・・

セッションの後、ヒーラーの方は
私の過去世の一場面が見えた、と言いました。
それを聞いたとき私が感じたことは
「ああ、やっぱり」でした。
ちなみにわたしのその過去世は貴族とか有名人とかいった
華々しいものではなくて、壮絶なものでした。

自分でもなんとなくそうじゃないかと思ってはいましたが
改めて過去世の一場面を聞いてみると結構ショックでした。

私がカウンセリング・ヒーリングを受ける目的は
自分の前世や過去世を知ることではないのですが、
私の癒しに必要だということで、その情報がもたらされたのだと思います。

生まれたときから特定のことに関連づけられた人生というものに
疑問を抱いていました。
例えばそれは、性別、持病、家系、宗教といった、生まれながらに決まっている境遇のことです。それらは過去世に関連があるのではないか、と(自分のケースについてですが)思っていたのです。

壮絶な過去世は今世の人生にもしっかりと影響力を持っていることを
私は確認することができました。

私は今回そのことを吐き出し、
ヒーラーの方は私の体の気になる部分をヒーリングします。
この内容の詰まったセッションで
私の体にも大きな変化が起こりました。

10年以上持っていた腰痛が消えたのです。
10年もの間、いろいろな治療をしてきたにもかかわらず、
一向に症状が変わらなかった腰痛が
一度のセッションで良くなったのです。

あれから半年以上経ちますが、
腰痛は再発していません。
運動しても疲れても、風邪を引いても再発していないのです。
それに何より、“腰が真っ直ぐになってる”という感覚がずっとあります。
“もう治った”という感覚です。

“過去世のこの出来事が腰痛に関係していたんだ”というような
ドラマチックな内容までは分かりませんでしたが、
私が心のひっかかりをお話しし、掘り下げ、
ヒーリングが施されることによって、
病気の治療にも必ず必要だと思っていた腰痛 ―― 体のゆがみ
の改善がなされました。

このことによって私はますます心と体は関連している、という考えを強めました。
他にも慢性的な症状はまだあります。

疲れやすい、風邪を引きやすい、花粉症(鼻炎アレルギー)…。
すべて体の不調は私の病気にも関係していると思っています。

そして、セッションの後はいろんなことを考え、また、いろんなことが分かってきます。
すると現実に起こる出来事が変わってきます。
私が現実に対するアプローチを変えるので当然なのですが。

次回は最近気づいた現実に対するアプローチに関することを
書いていきます。

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心のケアの大切さ

 ここまでにかなりの治療費を使いましたが
しかし、病気は一進一退を繰り返しています。
よかった、もうこれで体からガンがなくなった、と安心したと思いきや、
また端っこから大きくなる。
次に MRI を撮ると少し小さくなってる、
あるいはまた3ヶ月後に撮ると特に大きさに変化なし、
といった感じで。

もうお金も尽きてきて、しばらくの間、ヒーリングに行けなかった時期がありました。

まわりでもいろんな事が起こっていました。
病気と共に現れた友人、去っていった友人、
猫のしましまも病気と共に現れました。

私としてはヒーリングに行った方がいいのはわかっていましたが、
これ以上費用をかけられない状態でした。

ところが、あることをきっかけに
「やっぱりヒーリングにいかなくちゃ!」と思い、
再び再開させていただきました。
以前ブログに書いた、エセ講師の1件です。

そう思うと、彼に出会ったのも意味があったということになりますね。
彼があまりにもひどかったので(笑)、私がはじめて受けたヒーリングが
本物であることがより分かったのです。

私の心にはまだ解決すべき問題があり、
すべてのカウンセリングが終わったわけではありませんでした。

その頃になると、
「体のケアに心のケアが必要かどうか?」という視点ではもはや考えませんでした。
体のケアだけを一生懸命やっても一進一退を繰り返している、
私の心は不安でいっぱいで全然晴れない、
昔からのトラウマも依然としてそのままの状態で心の中にある、

病気の治療はもちろんこのまま続けるが、
もっと幸せになるにはこのもやもやした心の問題を解消しないと
幸せになんてなれない、

私ははっきりそう確信しました。
病気の治療に役立つかどうかではなく、
幸せになるには心のケアが必要だと思ったのです。

例のエセ講師に会ったその日の夜に
私は以前お世話になったヒーリングの方にメールを書いていました。
ヒーリングに行かなかった間に行なった治療とその進退、
経済的にかなり苦しくなっていること、友人が去っていったこと…
おおまかに書いて、ヒーリングの再開をお願いしました。

返事はとても優しいものでした。
経済的に苦しいのであれば、このようにセッションをしてみてはどうか、
という提案もしてくださいました。
私は必ずヒーリングは続けていこう、
自分の心を探っていこう、と思いました。
お金は後でなんとでもなる、またそんな風に考えることができるようになりました。

実は自分の経験のすべてをさらけ出すことができなくて、
オブラートに包んで話したり、
ある特定の部分を避けてカウンセリングに望んでいたのですが、
せっかく貴重なお金を使うのだから
自分の本当の根本的な問題を次回は話そう、

私はそんな決心をしていよいよヒーリングを再開することにしました。
その久しぶりのセッションの第1回目で
私は衝撃の自分の過去世を知ることになります。
(つづく)

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生理を止める注射とホットフラッシュ

現在、乳がん治療の一環としてリュープリンという
ホルモン剤を注射しています。
生理を止める薬です。

以前から生理が重かった私はおかげで
そのわずらわしさからは開放されていますが

かわりに「ホットフラッシュ」が起きます。
更年期障害の症状によくある「のぼせ・ほてり」です。

突然、カァーッと暑くなる。
特に顔、背中などが急に熱を持ってくるので
「うわ、来た!暑い、暑い」という感じで
上着を着てる場合は脱いで、うちわで顔をパタパタ扇ぎます。
額やワキに汗も出てきます。
急激に汗ばむくらい暑くなるのです。

1回の継続時間は3分~5分といったところでしょうか。

また寒くなって上着を着る。まわりから見たら
ちょっと変に見えるかもしれません。
そう思って上着を脱ぐのを我慢しようとも思うのですが
やっぱムリでした、暑すぎます。

1日にどれくらいの感覚でホットフラッシュが起きるのか
メモしたことがあります。

元気なときは午前中に1回、午後に3回くらい、
疲れているときは1時間ごとに来ました。
こないだ少し大きなケガをしたときは20分くらいの間隔でした。
(あれはつらかったなぁ~)

体調不良や病気と闘っておられるみなさん、
お互いがんばりましょう!

女性の体調不良はまわりに理解されにくく、
精神的にもつらいものです。
(一度、産婦人科にPMSを相談しに行ったときは
「もっとひどい症状の人もいるんだから。
倒れて救急車で運ばれてくる人もいるんだよ?」と
医者に言われたこともあります。
倒れるまでガマンしろと?
びっくりしました。)

がんばる女性のみなさんが少しでも健康に
元気になれるよう、私もなにかしら情報を発信できたらと思います。

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幸せを感じるとき

土曜日の朝ってすごく幸せな気分です。大好きな彼としましまがまだ寝ていて、カーテンの隙間から光が漏れていてうっすら部屋の中が明るくなっている。
ただそれだけで本当に幸せだなぁ~としみじみ感じます。

病気をしてからそういう日常の幸せを感じることがより多くなりました。以前はもっと人生に焦ってた感がありました。

なんだかこう書くと病気になって良かったみたいですが、実際、病気をする前より今の方が幸せです。

私は輪廻や生まれ変わりを信じているので、今回の病気を通して一度学んだことはもう次生まれ変わった後も、もう一度学び直す必要がない、着実に前に進んでいると思うと、なんだか安心だし少し誇らしい気もします。


会社の同僚は以前、仕事が忙しくてみんなストレスを感じてた時期に
「人の冷たさを最近ひしひしと感じる」と会社の先輩や他の同僚がお互い助け合わないことを嘆いていましたが、
私は同じ時期に全く逆のことを感じていました。
「普段はそっけない雰囲気の会社だと思ってたけどやっぱりみんな本心は暖かいんだ…」と思っていました。

同じ環境でも人の感じ方は違うものになり得ます。

私も病気になる前と今の生活に変化はないのですが、私の感じ方や考え方が変わったのですね。

でもこういう“ポジティブ思考”には思わぬ間違いもあります。
真面目に禁欲的な人はネガティブなことを考えてはいけないと思って、
実は不快に思ってるのにその思いにフタをして
「いいえ、私はそんな悪いこと考えてない」と、自分の本当の気持ちを見過ごしてしまうのです。
(私がよくやる間違いです)

それを防ぐには、なんだか逆説的ですが
「いやだなぁ~となんとなく思っていること」を無理矢理にでも定期的に書き出したりするのもいいのかもしれません。

少しでも心に引っかかっていることをじっくり考えていけば、
実はかなり自分にストレスになっていることを発見できるかもしれない。

ムカつくときは思いっきりムカつかなきゃいけないのです。
心に溜め込むのは健康に悪いですから。

先ほどの例で言えば、「人が冷たい」と言った同僚にムカつきました(笑)。
「なんで?みんなお互いを思いやってるじゃん!!」と。

自分の気持ちに気付いたらそこから解決策を考えます。

幸せって「幸せを感じよう!」といって感じるものじゃなく、自然に湧き出てくるものなんですよね。

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みんな自分のテーマがそれぞれある

私の人生を通しての主要テーマのひとつに
「自分以外の人の苦痛を代わってあげることはできない」ということを学ぶ、
ということがあります。

私はいつも家族や友達、同僚のグチやつらい思いを聞いてあげて、
それに共感してかわいそうに思い、
なんとかこの人の苦しみを取り除いてあげる方法はないものか、
ということに夢中になってしまう傾向があります。

一見、親切で心優しい風に見えますが、
これはとても問題を多く含んだ傾向なのです。

自分に言い聞かせる意味も込めて
冷静に分析してみたいと思います。

まず、そもそも他人の痛みを代わってあげることなんかできないのだということ。
できたとしても、それは何か理由があってその人に訪れている出来事であったり
痛みなのだから、他人が代わってあげるというのは間違っているということ。
その人の学ぶ機会、人生の経験を正面から体験する機会を奪うことになる。
親切どころか、その人の障害となっている。

相手が依存心の強い人だと、どんどん私に頼る度合いが強くなり、
私にどんどん負担がかかってきて、
私はすごいストレスを感じることになってくる。
解決できない問題を解決しようとずっと抱えてるから
そりゃあストレスになります。

その人が愚痴を言ってるのは会社や上司の問題ではなく、
本人が気づいてないだけで、本当は自分の人生の問題なのですから。

会社勤めをしていると、ご機嫌で人生を送っている人より
不機嫌な人の方が多いんじゃないかと思えるときがあり、
そうすると、いろいろな人の痛みに共感して
ぐったり疲れることがあります。

同僚の言い分も分かるし、でももし自分が上司だったら…
上司の気持ちも分かる…

あるいは「おかあさんね、最近ここが痛くて痛くて…つらいのよ…」

そんなときは私は風邪を引きやすかったりします。
そして熱を出して寝ているときにふと気づくのです。
「またやってしまった……」

人のネガティブな念を拾っちゃダメ、
それはその人個人の課題なんだから、
なんの意味もないし、双方に悪いことでしかないんだから。

おそらく、そうすることで私が自分の居場所を得ているというのも
あるのかもしれません。
私はもっと違う風に他人との関係を築くべきなのです。

その方法はおそらく、
問題を抱えている人が自分でその問題を解決できる、
ということを私が信じられるかどうか。

しかし、心の傾向を変えるのは難しいものです。
意識してないとすぐにいつもの癖に戻ってしまう…。

いい加減、徹底して自分に言い聞かせるようにしなければいけません。
意味のないところをグルグル回っているようです。

人の言うことを聞くのをやめたら
また人生の違う景色が見えるのかもしれません。

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